
2026年1月7日、新年早々に飛び込んできたビッグニュースに、東海地方だけでなく日本中が沸き立ちました。元SKE48の絶対的エースとして一時代を築いた松井珠理奈さんと、名古屋発のエンターテインメント集団「BOYS AND MEN(ボイメン)」の熱血漢・辻本達規さんが、都内でツーショット結婚会見を行ったのです。
「えっ、あの珠理奈が結婚!?」と驚いた方も多いのではないでしょうか。しかもお相手は、同じく東海エリアを熱く盛り上げてきたボイメンの辻本さん。まさに「名古屋のビッグカップル誕生」と言えるでしょう。SNS全盛のこの時代に、あえて金屏風の前でツーショット会見を開いた二人の姿は、どこか懐かしく、そして彼ららしい誠実さに溢れていました。
この記事では、幸せいっぱいの会見の様子から、気になる二人の馴れ初め、プロポーズの言葉、そして「妊娠はしているの?」「子供は?」といった疑問まで、発表された情報を余すところなく徹底的に深掘りしていきます。中日ドラゴンズファンとしての共通点や、意外なキューピッドの存在など、知れば知るほど応援したくなる二人のエピソードを詳しく紐解いていきましょう。
松井珠理奈と辻本達規が結婚会見を開催した当日の様子と何があったのか詳細まとめ
2026年1月7日の午前11時、東京都内のホテルは温かな祝福の空気に包まれました。金屏風の前にお二人が姿を現した瞬間、無数のフラッシュが焚かれました。この日、二人は松井珠理奈さんの地元である愛知県春日井市に婚姻届を提出したばかり。名実ともに夫婦となった晴れやかな表情が印象的でした。
特筆すべきは、二人の装いです。松井珠理奈さんは淡いピンク色を基調とした艶やかな着物姿、辻本達規さんは凛々しいグレーの紋付袴姿でした。この晴れ着は、愛知県西尾市の呉服店で選んだものだそうで、帯留めには瀬戸物が使われるなど、随所に「東海愛」が散りばめられていました。東京での会見でありながら、彼らのアイデンティティである地元の誇りを身にまとっての登場に、地元ファンへの深い愛情を感じずにはいられません。
しかし、幸せなツーショットの中に少し痛々しい姿もありました。新郎の辻本さんは松葉杖をついての登場となったのです。これは2025年12月の舞台公演中に踵(かかと)を骨折してしまったためですが、そんなハプニングさえも笑顔に変えてしまう二人の明るさが会場を和ませていました。「どんな服でも松葉杖なので…」と苦笑いする辻本さんに、優しく微笑む珠理奈さんの姿は、すでに互いを支え合う夫婦の絆を感じさせるものでした。
会見の最後には、報道陣に対して三重県のタオルや岐阜県の鮎菓子といった東海地方の名産品が手渡されました。自分たちの慶事を通じて地元をアピールしようとする姿勢は、まさに「東海エリアの顔」としての矜持。単なる結婚報告にとどまらない、彼ららしい温かい会見となりました。
松井珠理奈と辻本達規があえてツーショットで結婚会見を開いた理由はなぜなのか
近年、芸能人の結婚報告といえば、InstagramやX(旧Twitter)などのSNSで文書や写真をアップして終わり、というスタイルが主流です。ツーショット会見はおろか、マスコミ向けにFAXを送るだけのケースも増えています。そんな中で、なぜ二人はあえて「ツーショット会見」というクラシックなスタイルを選んだのでしょうか。
その理由について、辻本達規さんは会見の中で非常に真摯な言葉で語っています。「結婚をSNSで発信することが主流になってきているとは思いますが」と前置きした上で、「僕も19歳から、彼女も11歳から芸能の世界で皆さんに育てていただいたご恩があります」と続けました。
二人は共に10代の多感な時期から芸能界という厳しい世界に身を置き、ファンや関係者、そして地元・東海地方の人々に支えられて成長してきました。だからこそ、人生の大きな節目である結婚の報告は、デジタルな文字情報だけでなく、自分たちの口から直接、表情と言葉で伝えたいという強い思いがあったのです。「経緯を自分たちの口から伝えるのが最善」という判断は、彼らのファンに対する誠実さと、エンターテイナーとしての覚悟の表れと言えるでしょう。
また、松井珠理奈さんはかつてAKB48グループの総選挙で1位に輝いたこともあるトップアイドル。辻本さんもボイメンとして武道館やドーム公演を成功させてきた実績があります。そんな二人が揃って公の場に出ることは、ファンへの「けじめ」であり、これから夫婦として共に歩んでいく「宣言」でもあったのです。ネット上のコメントでも「最近珍しいけど、やっぱり会見してくれると嬉しい」「誠実さが伝わる」といった称賛の声が多く上がっています。
松井珠理奈と辻本達規の結婚会見の内容とは何か詳しく言及し何を言ったのか解説
会見では、二人の口から数々の心温まるエピソードが語られました。特に注目を集めたのは、入籍日を「1月7日」に選んだ理由です。一般的に記念日や語呂合わせを選ぶカップルが多い中、彼らの理由は実にユニークで、かつ彼ららしいものでした。
辻本さんは「僕が応援している中日ドラゴンズの柳裕也投手の背番号が17番なんです」と明かしました。「日本で17番といえば大谷翔平選手だと思うんですが、大谷翔平ではないんです」と笑いを誘いつつ、「僕は本当に柳投手が大好き」と熱弁。さらに、辻本さん自身の誕生日が5月17日であること、松井珠理奈さんの名前「じゅりな」が「10(じゅ)」「7(な)」と読めることから、二人の数字を足すと「17」になるという偶然も重なったそうです。
珠理奈さんも「(10と7を)足すと17。1と7を足すと8で、横にすると無限大(∞)になるので、永遠を意味して良いなと思いました」と笑顔で補足。自分たちの記念日に、敬愛する野球選手の背番号や互いの名前の語呂合わせを重ねるあたり、二人の相性の良さと遊び心が垣間見えました。
また、お互いの呼び方についての質問が出ると、珠理奈さんが普段の呼び方である「タツ」と言いかけて慌てて「辻本さん」と言い直す微笑ましい場面も。「私ばかり成長させていただくことが多いので、辻本さんも…あ、タツも(笑)」とはにかむ姿には、新婚ならではの初々しさと幸福感が溢れていました。辻本さんも「4きょうだいの末っ子だったので、にぎやかな家庭を築きたい」と抱負を語り、珠理奈さんも「心も体も安定して、去年は一度も体調を崩すことなくバリバリやらせてもらえた」と、パートナーの存在がいかに支えになっているかを強調しました。
現在同棲している二人の愛の巣である自宅マンションの場所はどこにあるのか
ファンとして気になるのは、二人がどこで新婚生活をスタートさせているのかという点です。会見での発言によると、二人は「すでに同居している」とのこと。そして生活の拠点については、迷うことなく「名古屋」を選んだことを明言しました。
辻本さんは「やっぱり僕は名古屋を拠点にずっと頑張ってきましたし、彼女もこの愛知がすごく好き」と語り、今後も名古屋に住みながら東海エリアを中心に活動していく方針を示しました。東京での仕事も多い二人ですが、あえて東京に引っ越すことはせず、「名古屋に住みながら東京へ仕事に行く」というスタイルを貫くようです。
具体的なマンションの場所やエリアについては、プライバシーの観点から公表されていません。しかし、名古屋市内であることは間違いなく、セキュリティが万全で、かつ二人が愛する中日ドラゴンズの本拠地・バンテリンドームナゴヤへのアクセスが良い場所などが候補として考えられるかもしれません。いずれにせよ、二人が愛する地元で地に足をつけて生活していることは、東海地方のファンにとってこれ以上ない喜びでしょう。
松井珠理奈は現在妊娠して子供がいるのか真相を調査
結婚発表と同時に多くの人が気にするのが「妊娠」の有無です。最近では「授かり婚」も珍しくありませんが、今回の松井珠理奈さんと辻本達規さんのケースはどうなのでしょうか。
会見や所属事務所からの発表を総合すると、現時点で松井珠理奈さんが妊娠しているという情報はありません。また、子供がすでにいるという事実も公表されていません。会見での珠理奈さんの着物姿を見ても、帯をしっかりと締めた美しい着こなしであり、体調を気遣うような素振りも見られませんでした。
会見の中で珠理奈さんは「これからもお仕事を続けさせていただきたい」「バリバリやらせてもらえた」と、今後の芸能活動への意欲を強く示しています。もし妊娠中であれば、活動セーブや産休についての言及があるはずですが、そういった話も出ませんでした。二人は「子供がすごく好き」と語っており、辻本さんも「にぎやかな家庭を築きたい」と話していることから、将来的には子供を望んでいることは間違いありませんが、今はまだ夫婦二人の時間を大切にしつつ、仕事を充実させていく段階のようです。
松井珠理奈と辻本達規の運命的な出会いと馴れ初めやきっかけと共演作品は何
二人の出会いは、まるでドラマのような、いやドラマ以上にドラマチックなものでした。その起源は今から約11年前にまで遡ります。当時の辻本さんはまだ駆け出しのアイドル。ボイメンとして知名度を上げるため、名古屋駅前で必死にチラシ配りをしていました。
そんな寒い日、自転車で現場に向かい一人でチラシを配っていた辻本さんの前に現れたのが、当時すでにSKE48のセンターとして輝いていた松井珠理奈さんでした。偶然通りかかった珠理奈さんは、寒空の下で活動する辻本さんを見て「こんなに寒いのに一人で頑張っててえらいね」と声をかけたそうです。
当時の辻本さんは「ありがとうございます」と返すのが精一杯だったといいますが、これが運命の最初の交錯点でした。トップアイドルと、地道な活動を続ける若手男性アイドル。本来なら接点を持つことすらなかったかもしれない二人が、名古屋という街で一瞬だけ交わったのです。
その後、数年を経て二人は共通の知人を通じて再会します。きっかけは、珠理奈さんが体調不良で活動を休止していた時期のことでした。心配した辻本さんが「キャンプに行ったら元気が出るんじゃないか」と提案したのです。自然の中でリフレッシュすることを勧めたこの誘いが、二人の距離を一気に縮めることになります。
珠理奈さんは当時を振り返り、「男性とお出かけすることがあまりなくてどうしようという気持ちもありましたが、キャンプにはすごく行ってみたかった」と語りました。小学6年生から芸能界で走り続けてきた彼女にとって、自然に触れる機会は貴重だったのです。知人を交えてのキャンプで、珠理奈さんは辻本さんの飾らない人柄や優しさに触れ、最初は「お兄ちゃんと妹」のような関係から、次第に特別な存在へと変わっていきました。
ちなみに、二人がドラマや映画でガッツリと共演した作品というのは、実は公にはあまり知られていません。同じ東海地方を拠点に活動するグループ同士として、音楽番組や地元のイベントで顔を合わせることはあったでしょうが、長時間共に過ごすような共演ではなく、プライベートでの交流、特に「キャンプ」という共通の趣味が愛を育む土壌となったようです。
辻本達規は松井珠理奈へどのようなプロポーズは何したのか詳細
交際から約3年を経て、ついに訪れたプロポーズの瞬間。辻本さんが選んだ日は、2025年11月26日でした。この日は語呂合わせで「いい風呂の日」。サウナ好きの辻本さんらしいチョイスです。
場所は「東海エリアの紅葉の名所」。秋の深まりと共に色づく美しい景色の中で、辻本さんは珠理奈さんに「結婚してください」とストレートに伝えました。珠理奈さんの返事は、迷いのない「はい」という承諾でした。
実は、このプロポーズに至るまでには、一度「お断り」されるという前日譚がありました。それは交際を申し込んだ時のこと。3年前のクリスマスの夜、辻本さんは「一緒の時間を刻めたらいいな」という想いを込めてペアの時計をプレゼントし、交際を申し込みました。しかし、珠理奈さんの返事はまさかの「それはちょっと違う」。
当時の珠理奈さんは体調や活動のことで悩んでおり、「これ以上迷惑をかけるのは申し訳ない」「元気になったら全然違うじゃんって思われても嫌だ」という不安から、即答を避けたのです。しかし、辻本さんは諦めませんでした。「元気がない時もそばにいたんだから、元気になって嫌いになることはない」という力強い言葉で彼女の不安を解きほぐし、数時間後にようやく「お願いします」という言葉をもらえたのです。この時の辻本さんの「粘り強さ」こそが、珠理奈さんの心を動かし、最終的なプロポーズの成功へと繋がった最大の要因だったのかもしれません。
辻本達規と中日ドラゴンズ柳裕也投手との意外な関係性とは
今回の結婚会見で頻繁に名前が挙がったのが、中日ドラゴンズのエース・柳裕也投手です。辻本達規さんと柳投手は、単なるファンと選手という関係を超えた、家族ぐるみの大親友なのです。
辻本さんは、珠理奈さんと交際を始める段階から柳投手に報告していたといいます。「親よりも早く言ったかもしれない」と語るほど、柳投手は二人の関係を深く知る数少ない理解者でした。交際中も柳投手の家族と一緒に遊んだり、周囲を気にせず過ごせる貴重な時間を提供してくれたりしたそうです。
プロポーズに関しても、辻本さんは柳投手に相談していました。当初、辻本さんは「家でナチュラルに、サラッと言おうと思う」と考えていましたが、これに柳投手が猛反対。「辻本さん、それはダメですよ。恥ずかしくてもやるしかないんですよ」と諭したそうです。柳投手自身が108本のバラを贈ってプロポーズした経験から、女性にとっての記念日の大切さを説いたのでしょう。
このアドバイスのおかげで、辻本さんは紅葉の美しい場所でのプロポーズを決行し、成功を収めました。入籍日を柳投手の背番号「17」にちなんで決めたことからも、辻本さんがいかに柳投手をリスペクトし、信頼しているかが伝わってきます。柳投手も結婚を大いに祝福し、「結婚式のスーツは僕がオーダーして作ります」と男気あふれる約束をしてくれたとか。スポーツ界と芸能界を繋ぐ、熱い友情の物語です。
辻本達規とは何者なのかプロフィールや経歴について詳しく解説
松井珠理奈さんの結婚相手として一躍全国区の注目を浴びている辻本達規さんですが、東海地方では知らない人はいないほどの人気者です。改めて彼のプロフィールと経歴をおさらいしましょう。
- 氏名:辻本 達規(つじもと たつのり)
- 生年月日:1991年5月17日(34歳)
- 出身地:岐阜県羽島市
- 血液型:A型
- 身長:178cm
- 所属グループ:BOYS AND MEN(テーマカラー:赤)
- 愛称:つーじー、つじちゃん
辻本さんは2010年、BOYS AND MENの結成メンバーとして芸能活動をスタートさせました。当初は無名のグループでしたが、地道な活動を続け、歌、ダンス、芝居、バラエティと幅広く活躍。特に辻本さんはその熱血キャラクターと鍛え抜かれた肉体、そして飾らない人柄でグループの牽引役となりました。
2016年には第58回輝く!日本レコード大賞新人賞を受賞し、日本武道館やナゴヤドームでの単独ライブも成功させています。グループ活動だけでなく、個人としてもバラエティ番組やドラマに多数出演し、その明るいキャラクターでお茶の間に愛されています。
辻本達規の代表作品は何があるのか
俳優としての辻本達規さんの代表作といえば、なんと言っても2013年から放送された特撮ドラマ『黄金鯱伝説グランスピアー』でしょう。彼は主人公の帯刀大河(グランスピアー)役を務め、これが彼の知名度を一気に押し上げるきっかけとなりました。ヒーローとしての熱い演技は子供たちだけでなく、主婦層の心も掴みました。
また、全国放送のドラマや映画にも出演しており、映画『白鳥麗子でございます! THE MOVIE』やドラマ『おいしい給食』シリーズ、近年では『ファーストペンギン!』などでの好演が光ります。コミカルな役からシリアスな役までこなす演技力には定評があります。
バラエティ番組では、『最強スポーツ男子頂上決戦』や『千鳥の鬼レンチャン』の筋トレ企画などでその身体能力を遺憾なく発揮。単なるイケメンアイドルではなく、「動ける」「笑いが取れる」タレントとしての地位を確立しています。
辻本達規の実家はどこにあるのか
辻本達規さんの出身は岐阜県羽島市です。彼は地元への愛着が非常に強く、現在も「羽島市アンバサダー」を務めるなど、地元のPR活動に積極的に取り組んでいます。
実家の具体的な住所までは公開されていませんが、彼は4人きょうだい(兄2人、姉1人)の末っ子として、自然豊かな環境でのびのびと育ちました。子供の頃は「ジャイアン」と呼ばれるほどわんぱくだったそうですが、家族の愛情を受けて真っ直ぐな青年に成長しました。
今回の結婚会見で配られたお土産の中に「岐阜の鮎菓子」が含まれていたことからも、彼がいかに故郷である岐阜を大切に思っているかが分かります。実家の家族も、末っ子の結婚を心から喜んでいるに違いありません。
辻本達規の骨折は何があったのか原因と現状
結婚会見に松葉杖姿で現れた辻本さん。幸せな席での痛々しい姿に心配の声も上がりましたが、この骨折の原因は「仕事の勲章」とも言えるものでした。
骨折したのは2025年12月13日。神奈川県のKT Zepp Yokohamaで行われたBOYS AND MENのライブツアー中のことでした。パフォーマンス中に右足のかかと(踵骨)を骨折してしまったのです。全力でライブに挑む彼らしい、と言えば語弊があるかもしれませんが、常に120%の力で観客を楽しませようとする姿勢が、不運な怪我に繋がってしまったようです。
現在は回復に向かっているものの、まだ松葉杖が必要な状態。しかし、会見ではそれをネタにして笑いを取るなど、彼のメンタルの強さとサービス精神が感じられました。珠理奈さんもそんな彼を甲斐甲斐しくサポートしており、怪我が二人の絆をより深めるきっかけになったのかもしれません。
辻本達規の筋肉が凄いと言われる理由
辻本達規さんを語る上で外せないのが「筋肉」です。彼の肉体美はファンの間では有名で、体脂肪率は常に一桁台をキープしていると言われています。
その筋肉は単なる見かけ倒しではありません。学生時代は野球に打ち込み、ボイメン加入後もトレーニングを欠かさず、TBS系の『最強スポーツ男子頂上決戦』などのスポーツバラエティ番組でアスリート顔負けのパフォーマンスを見せてきました。「ボイメンの筋肉担当」という異名を持つ彼ですが、その肉体は日々のストイックな努力の賜物です。
珠理奈さんも、そんな彼の男らしく逞しい姿に安心感を覚えたのではないでしょうか。松葉杖をついていても、その上半身の厚みや袴の上からでも分かる体幹の強さは健在でした。
辻本達規の年収はいくらなのか推測
気になる辻本達規さんの年収ですが、もちろん公式には発表されていません。しかし、これまでの活動実績からある程度推測することは可能です。
BOYS AND MENは名古屋を拠点にしながら全国区の人気を誇るグループであり、ライブ、イベント、グッズ販売などの収益があります。さらに辻本さんは個人でのテレビ出演(レギュラー番組含む)、CM出演、アンバサダー契約などを多数抱えています。特に東海地方での知名度と好感度は抜群で、地方局のレギュラー番組や企業のイメージキャラクターとしての収入は安定していると考えられます。
一般的なトップアイドルのような「億単位」ではないかもしれませんが、数千万円クラスの年収を得ている可能性は十分にあります。結婚して家庭を持つ自信があること、そして名古屋でしっかりとした生活基盤を築いていることからも、経済的な不安はないと言えるでしょう。これからは「夫婦タレント」としての需要も増え、世帯年収はさらに跳ね上がるかもしれません。
辻本達規と平野紫耀の関係性とはどんなものか
辻本達規さんの交友関係の中で、もう一人ビッグネームとの繋がりがあります。それはNumber_iの平野紫耀さんです。実は平野紫耀さんは、かつてBOYS AND MENの初期メンバー(研究生)として活動していた時期があるのです。
当時、まだ中学生だった平野さんは、辻本さんと共にレッスンに励んでいました。辻本さんが平野さんにダンスを教えたり、逆に平野さんが辻本さんの割れた腹筋に憧れたりと、兄弟のような関係だったといいます。
平野さんがその後関西ジャニーズJr.へ移籍し、King & Princeとしてデビューしてからは、公の場で二人の関係が語られることはタブー視されていました。しかし、2025年5月に放送された中京テレビの番組で、約10年ぶりの共演が実現。かつての関係性が「解禁」され、ファンを熱狂させました。
辻本さんは平野さんにとって「頼れるお兄ちゃん」的な存在であり、別々の道を歩んでも変わらぬ絆があるようです。今回の結婚についても、きっと平野さんから温かい祝福のメッセージが届いていることでしょう。
松井珠理奈の過去の炎上とは何があったのか振り返る
幸せいっぱいの松井珠理奈さんですが、かつては幾度か「炎上」を経験し、辛い時期を過ごしたこともありました。特に有名なのは、2018年の「AKB48 53rdシングル 世界選抜総選挙」での出来事です。
念願の1位を獲得した珠理奈さんですが、その後の囲み取材での発言が波紋を呼びました。3位の宮脇咲良さんに対して「もっとちゃんと踊って」と言ったという内容や、ステージ上での振る舞いが「パワハラではないか」「態度が怖い」とネット上で激しくバッシングされたのです。
この騒動は彼女の心身に大きなダメージを与え、直後から長期の活動休止に追い込まれました。完璧を求めるあまり、自分自身も周囲も追い込んでしまった結果だったのかもしれません。しかし、そんなドン底の時期に彼女を支え、キャンプに連れ出して心を癒やしたのが、他ならぬ辻本達規さんだったのです。
炎上という辛い経験があったからこそ、彼女は人の痛みが分かるようになり、辻本さんという本当のパートナーの優しさに気付くことができたのかもしれません。過去の苦難は、今の幸せを掴むための必要な試練だったと言えるでしょう。
松井珠理奈さんと辻本達規さんの結婚は、単なるアイドルのゴールインというニュース以上に、人間ドラマとしての深みと温かさに満ちています。名古屋駅での運命的な出会い、挫折からの再生を支えたキャンプ、そして親友・柳投手のアドバイスに導かれたプロポーズ。すべてが一本の線で繋がり、1月7日という新たな記念日に結実しました。
「東海地方を盛り上げたい」という共通の夢を持つ二人は、これからも名古屋を拠点に、夫婦二人三脚で私たちに笑顔と元気を届けてくれるはずです。今はまだ松葉杖の旦那様ですが、その怪我が治る頃には、さらにパワーアップした夫婦の姿が見られることでしょう。松井珠理奈さん、辻本達規さん、本当におめでとうございます。末長くお幸せに!